大草原の小さな家を、アドラー心理学の視点で観る

私は海外ドラマの中で、「大草原の小さな家」が1番好きです。

不朽の名作ですね。

子供の頃によく観ました。何度も再放送されたので何回観たかも忘れました。

特に初期のシーズンが面白い。

ローラは小さくて可愛かったし、意地悪ネリーの存在感は教祖なみ。私の初恋の人は、ローラの姉のメアリーです。

どのエピソードも面白く、どれが1番好きかを選ぶのは難しいですね。

しかしあえて選ぶなら、「にせの牧師さん」でしょうか?

この作品を選ぶ人はかなり少ないと思います。

ゆえに私は通(つう)なのです。 


にせの牧師さん あらすじ

被災地のために寄付集めをしようとする牧師が旅の途中、病気で倒れてしまいます。たまたま助けた男が、代わりに寄付集めをすると申し出ます。

しかし本当の目的は、集めた寄付金と物資を持ち逃げするため。

牧師の服を盗んでローラの住む町へ行き、寄付を募ります。牧師の格好をしているから、町の人達は簡単に信用します。

人は制服と権威に弱いのです。

滞在中、悩んでいる人から相談に乗って欲しいと、ちょいちょい頼まれます。

彼はにせ牧師と見抜かれないように、頑張って相談に乗ります。

聖書の話を引用するも、ノアの箱舟の事を、ヨナの箱舟と言って4歳くらいの子に指摘される危ない場面あり。

しかしこのにせ牧師さん、もともと人の心をつかむ素質があったのでしょう。

豊富な経験を生かし、困っている人を立ち直らせ、あっという間に町中の人達の信頼を得ます。

人々から感謝されるうちに、彼の中で何かが変わり始めます。


このドラマを久しぶりに観て、最近読んだアドラー心理学の本を思い出しました。

恥ずかしながらわたくしめ、アドラーのことを知りませんでした。(アムラーなら知っていますが。)

フロイトユングと並ぶ、心理学の三大巨頭の一人と称されているそうです。

アドラーの思想を1冊に凝縮した、岸見一郎氏の「嫌われる勇気」は、年間ベストセラー4年連続トップ3入り(ビジネス書)で史上初の快挙。

本書を読んで、気づかされる事がたくさんありました。多くの人に読んで欲しい名著です。


そのアドラー心理学によると、幸福の鍵は、貢献感です。

「わたしは誰かの役に立っている」と思えることで、自らの価値を実感できるからだそうですよ。

例えそれが、自己満足であっても問題ありません。

例えば退職する時に、

君がいなくなったら、うちの会社は潰れてしまうよ。(涙)

なんて嬉しい事を言ってくれるかもしれませんが、実際にはまったく困りません。

代わりの人材はいくらでもいるからです。

しかし、それでもいいのです。誰かに貢献しているという感覚さえ得られれば、自分が価値ある存在だと思えるからです。

だからでしょうか?定年退職した男性が急に元気がなくなるのは。

「わたしは、どこそこの組織の誰それであり、社会の一員として必要とされている」というものが失われ、ただの人になってしまうのです。

聞いた話ですが、この喪失感は趣味などでは埋まらないそうですよ。



にせの牧師さん 結末

にせ牧師の働きかけと、町の人達の協力でたくさんの寄付金と物資が集まりました。しかし彼はそれを置いて町を去ります。

良心がとがめたのでしょう。

しかしこの物語の核心となるテーマは、良心に従うことでも、罪人の改心でもありません。

町の人達は、寄付を通じて人助けすることの喜びを学び、貴重な機会を与えてくれた、にせ牧師に感謝します。

にせ牧師もまた、町の人達の役に立てたことで自分の存在価値を見出したのです。

彼は最後に、すべてを知っている妻にこう言います。


いったい何が起きたんだ?初めて味わう感覚だ。


自分でも、なぜ、集めた寄付を持ち逃げしなかったのか不思議だったのです。しかしその表情はとても晴れやかでした。

この物語は、他者に貢献することの大切さを描きたかったのかもしれませんね。

 

名前を間違える罪

私は昔から、人の名前を覚えるのが苦手です。

それだけならいいのですが、堂々と間違えてよく叱られます。


昔、東京で開催された、世界陸上競技大会を観戦しに行った時の話。

トラックでは長距離走の競技が行われていました。

その中で大勢の外国人に混ざり、日本の選手が走っていました。

あまり有名でない選手だったと思います。私もこの時初めて、選手の名前を知りました。

ですが自国民を応援するのは当然の義務。

そう思い、最前列に座っていた私は大声で、目の前を走る日本人選手に向かって叫びました。

○○さん!頑張れ!!

その瞬間、観客の多くが私の顔を見ました。

どうやら、名前を間違えて声援を送ってしまったみたいです。

失礼な人間ですよね。さすがにこの時は恥ずかしくて、切腹したくなりました。

もしかすると、私の声援を聞いた選手も、調子が狂って順位を二つほど落としたかもしれません。

このドジな性格は、今でも直っていないようです。


この前、検索サイトで、自分のブログがどのくらい上位に来るのか調べてみました。

キーワードは、”ステート・オブ・プレゼンス”。

私のブログの代名詞みたいなものです。てか、昔のブログの、まんまタイトル。

しかし、いくら検索しても出てこない。

おかしいと思いブログを読み返してみると、単語がすべてステート・オブ・プレンスとなっていました。

一文字、間違ってた。

しかもこのミス、なんとブログを始めた3年以上も前からでした。

なぜこのような事が起こったのでしょうか?

パソコンには、単語登録という便利な機能があります。

頭文字だけ打って変換すると、登録した単語が出てくる仕組みです。

ステート・オブ・プレゼンスという単語は長いし、打つのも面倒なので1番最初に登録しておいたのです。

その時に入力を間違えたみたいです。

ブログの単語をすべて修正するのに2時間以上掛かりました。我ながらうんざりです。


以前、アジズが来日した時の話を聞きました。

リトリートに参加していた生徒たちが、ステート・オブ・プレゼンスのことを、略して”SP”と呼んでいたそうです。

これを聞いたアジズは、「神(ゴッド)をGと呼ぶようなものだ!」と叱ったそうですよ。

 私はそれと同じ大罪を犯しましたかね。

赤毛のアンと劣等感

この前、NHKの番組で、脳科学者の茂木健一郎さんが、小説、赤毛のアンについて解説していました。

面白そうだったので、観てみました。

観た感想。

すんげぇ、面白い。

子供の頃にも観た記憶がありますが、今になって観ると、また違った味わいがあります。

赤毛のアンは、決して少女向けの児童書ではありません。大人が読むべき文学、ニーチェ全集に匹敵する哲学書です!

と言っても、ニーチェ赤毛のアンも読んだ事ありませんが。


アンは、容姿に関して強い劣等感を持っています。特に赤毛が自分の人生の致命的な欠点だと思ってます。

これを茂木健一郎さんは、「赤毛のアン症候群」と名付けました。

自分から見るとイヤで仕方がない自分の特徴が、他人には魅力的なポイントであることのギャップを言うそうです。

なるほどなぁ、と思いました。そういう人って確かにいますよね。逆にそこがあなたの魅力なんだよ、って教えたくなる時があります。

アンの場合、自分の名前も嫌いなようです。しかし私からすれば、アンという名は、とても魅力的な名前です。

例えば、マントラの中で最も崇高な音とされるオーム。

オームの音は「ア」「ウ」「ン」の三音で構成されています。

そこから「ウ」を取り除くと「アン」になります。

あるいはキリスト教のアーメンや仏教の真言、あうん。

全部、真ん中を取り除くと「アン」になります。

物は考えようです。アンが言うところの想像力を働かせてみました。

劣等感とは、ただの主観的な解釈にすぎないのです。

しかし、劣等感が必ずしも悪いわけではありません。

聖書にはこうあります。

わたしの恵みはあなたに対して十分である。わたしの力は弱いところに完全にあらわれる。

コリント人への第二の手紙


十分だって神様が言ってるんだから、弱点と思うところも十分完全なのでしょう。

それに、弱点が最大の強みになる場合もあります。

病弱だからと始めた運動で、1流選手にまで成長したという話はよく聞きます。

自分が持つ劣等感と、どう向き合うのか、それが重要なのかもしれませんね。 

 

生命力と性欲の関係

私の子供の頃のあだ名は「エロス」です。

最初は、走れメロスの「メロス」と呼ばれていたのですが、いつしか「エロス」に変わりました。

多分、スケベなのがばれたのでしょうね。

そんな性欲の強い人は、生命力も強いと思われがちですが、私はそうは思いません。むしろ逆だと思っています。(持論です。)

その理由として、人は死が近づくと子孫を残そうとする本能が働き、性欲が強まるからです。

私の経験でも体が衰弱している時ほど、性欲は強くなると感じています。

実は若い男性より年配の男性の方がスケベであると、わたくし思っております。

マインドレベルでの話ですが・・・

性エネルギーは若い人には勝てません。しかし頭の中だけで考える性欲となると話は別ですね。 

ところでです。 

脳科学者の中野信子先生の話によれば、男性が1番最初に女性を見て判断するところは、顔ではなくお尻なんだそうですよ。

しかも無意識に、だそうです。(私は意識的ですが。)

これは、自分の遺伝子を賢く残してくれる女性を探す本能が組み込まれているからだと、中野信子先生は解説しています。

ある統計によれば、お尻が大きく、ウエストが細い女性は知能の高い子供を産む確率が高いというデータがあります。

ひとつの仮説として、お尻や太ももには、脳に良いとされるオメガ3脂肪酸が多く含まれているからだそうです。

大きなお尻や太い太ももの女性は、子供の脳の発達に良い栄養がたくさん蓄えられているわけです。

逆に腹回りの脂肪には、あまり体によろしくないオメガ6脂肪酸が多い。

だから男性は、女性のくびれたウエストが好きなのかもしれません。



男性が好むヒップとウエストの比率は10対7が理想で、世界共通だそうです。

有名人ではオードリー・ヘップバンや、マリリン・モンロー峰不二子

これも、優れた子孫を残そうとする男性の生物学的な本能だとすれば、仕方のない事です。

別にスケベ心で女性を見ているわけではありません。あくまでも子供の明るい未来、しいては世界平和のためだったのです!

また、年齢を重ねると、女性に魅力を感じる体の部位が変化してくると聞きます。

ホントかどうかは知りませんが。

胸への興味より、大きなお尻やムチっとした太ももに魅力を感じる男性が増えるような気がします。

私や私の周囲の男性の話を聞くと、皆さんそう言いますしね。

これはもしや、生命力と何か関係があるのでしょうか?

年齢と共に、優れた子孫を残そうとする本能が強く働き出すのかも。

私なんぞは、顔などもはや付いてればいい、美尻であればあとは何とかなる、という域にまで達しています。

そのわりに、結婚願望がまったくないのも不思議な話ですが。

結婚という文明が作り出した制度と、本能は別という事ですかね。